イタリア旅行ミラノ編 「最後の晩餐」は500年にわたって人々が繋いだ奇跡の結晶!
前回の続き
家族旅行で、レオナル・ド・ダヴィンチが描いた「最後の晩餐」がある教会に訪れています。
前編では描かれた技法が珍しく、ダ・ヴィンチの世界に触れました。
↓ ↓ ↓
今回はこの絵がこれから遭う、試練を乗り越えた奇跡のストーリーを一緒に辿っていきましょう。
奇跡の連続?!現存させたいという想いが繋いだ「最後の晩餐」
まず、「最後の晩餐」が描かれた部屋は当時から食堂として使用されていたため、
壁画の保存には向いていませんでした。その影響なのか19世紀までに大規模な修復だけでも、5回も記録が残っているそうです。
ですが当時の修復者による施術が裏目に出てしまい、修復をしているはずなのに埃やススを引っ付けることになりました。
それだけでなく通気性をさらに悪化させてしまい、さらなるカビを繁殖させることになりました。
さらに壁の絵を外そうとして壁面に大きな亀裂を作ることになったケースもありました💦
ホントやってしまった感が伝わってくる…笑
「最後の晩餐」の保存環境がさらに悪化した時もありました。
ナポレオンの時代には馬小屋にされ排泄物ガスの影響も受け、浸食を深めました。
この時代にミラノは大洪水で2度も被災しており、さらに剥離や損傷を受けることになります🌊
まだまだ災難は重なり、第二次世界大戦でアメリカ軍による空爆に遭い、建物は大破してしまいました。
ですが、この壁画を守りたいという修道士たちの努力が功を奏し、
なんとか危機を乗り越えて残っている状態です。
現在では、存在していること自体が奇跡だと言われているのも納得ですね…!
こんなストーリーを聞いたら是非実際に見なくては!
という気持ちになります😆✨
この「最後の晩餐」のシーンは、ご存知の人も多いのではないでしょうか。
そう、
イエス・キリストが12人のお弟子さんたちに予言を伝えた後の場面が描かれています。
その予言とは、
「弟子の中の一人が私を裏切る」
というものでした。
その直後のシーンなので、様々な表情がありますね。もちろん裏切り者のユダも描かれています。
誰がそのユダなのかわかりますか??わたしは教えてもらいました。笑
実はこの壁画に、レオナル・ド・ダビンチならではのいまだに解明できていない謎があるそうな。
その詳細はぜひ、実際に足を運んだ時のお楽しみで💕
構成に込められた意図も調べれば調べるほど深く、レオナル・ド・ダビンチならではの世界観が感じられました🎨
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